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坂東 眞砂子(ばんどう まさこ、1958年3月30日 -(公称。インタビューでは4月4日))は、日本の小説家・作家。高知県高岡郡佐川町生まれ。土佐高等学校、奈良女子大学家政学部住居学科卒業。イタリア・ミラノ工科大学に2年間留学。 高速バス イタリアから帰国後はフリーライターを経て、ジュヴナイル小説で作家としてデビュー。後に一般小説に転向した。ホラー小説と呼ばれるジャンルの作品も多いが、「死」と「性」のみを主題とした作品が特徴である。 夜行バス 最近までパートナーのジャンクロード・ミッシェル(自称・詩人)とタヒチ(仏領ポリネシア)に在住し、家庭菜園で自足自給する生活を送っていたが、パートナーとの仲は破綻し、イタリアのリド島に在住のち、現在は故郷・高知に戻る。 高速バス 20世紀末 - 21世紀初頭の日本人の前向きな実感は食欲と性欲しかないのではないか、という主観のもと、表現を続ける。著書『愛を笑いとばす女たち』の中で、「すべての男は、私だけに夢中になってほしい」「どんな女も、心の中にはこんな願望を抱えている」「つつましい女は『すべての』とはいわないで、『せめて一人の』と言い換えるだろうが大差はない」と語る。 夜行バス 日本経済新聞の夕刊コラム「プロムナード」にて「子猫殺し」というタイトルで、自分の飼い猫に対して避妊手術を行わず、生まれた子猫は崖下に放り投げ殺していることを告白。非難の声が上がり、議論を呼ぶ。 ダイビング 目次 [非表示] 1 「子猫殺し」について 2 受賞歴 3 著書 3.1 映画化された作品 4 関連項目 北海道旅行 [編集] 「子猫殺し」について 2006年7月7日の日本経済新聞のコラム「プロムナード」にて、「生と死の実感」というタイトルで、「ドライブの楽しみは、鶏の死骸を発見すること」という日常の習慣をエッセイとして掲載。 沖縄旅行 2006年8月11日、同コラムにて、「天の邪鬼タマ」というタイトルで、飼い犬が産んだ子犬を「始末した」という内容のエッセイを掲載。 2006年8月18日、同コラムにて、「子猫殺し」というタイトルで、飼い猫が産んだ子猫を崖下に放り投げ殺しているという内容のエッセイを掲載。交尾し子を産むのが雌という性を持つ猫にとっての幸せであり、その幸せを奪わないことと引き替えに、坂東自身が育てられないとして子猫をすぐに母猫から引き離し、崖下へ放り投げ殺すという告白内容で議論を呼ぶ。 沖縄旅行 2006年8月25日に、小池百合子環境相(環境省は動物愛護法の主管官庁)が、「動物愛護の面で残念」と公式会見でコメントを述べた。 2006年8月に、日本動物愛護協会は、以下の事項について日本経済新聞社へ公式に確認を求めた。 北海道旅行 8月18日のエッセイは事実であるか。 日本経済新聞社には倫理審査機関がないのか。 日本経済新聞社からは、 エッセイは事実に基づいたものである。 エッセイは社内審査機関を通過したものである。 という回答があった。 沖縄 レンタカー 2006年9月22日に、「タヒチを領有するフランス領ポリネシア政府が動物虐待の疑いで告発の動き」という報道がされた。 批判に対し、動物愛護週間内の2006年9月22日、毎日新聞東京夕刊に反論を寄稿し、同性愛・ハンセン病患者の例を示しながら子猫殺しの正当性を主張した。また、「ポリネシア政府が告発する姿勢を見せているが、(飼い猫が産んだ子猫を殺す行為が)虐待にあたるか精査してほしい。充分な調査のない告発であれば言論弾圧だ」と自己弁護した。 沖縄旅行 レンタカー [編集] 受賞歴 第1回ノンノ・ノンフィクション賞 第7回毎日童話新人賞優秀賞 - 『ミルクでお よいだミルクひめ』(1982年) 第1回日本ホラー小説大賞佳作 - 『蟲』(1994年) 第3回島清恋愛文学賞 - 『桜雨』(1996年) 第15回柴田錬三郎賞 - 『曼荼羅道』(2002年) 第116回直木賞 - 『山妣』(1996年) 札幌 ビジネスホテル [編集] 著書 愛を笑いとばす女たち (新潮文庫) 桃色浄土 (新潮文庫) 山妣(上・下) (新潮文庫) 葛橋 (角川文庫) 曼荼羅道 (文藝春秋) 満月の夜 古池で (偕成社) はじまりの卵の物語 (理論社) 桜雨 (集英社文庫) 道祖土家の猿嫁 (講談社文庫) 蛇鏡 (文春文庫) 旅涯ての地(上・下) (角川文庫) 夢の封印 石垣 ホテル 快楽の封筒 13のエロチカ (角川文庫) 屍の声 (集英社文庫) 善魂宿 絆 (カドカワノベルズ) 身辺怪記 (朝日新聞社) 岐(わ)かれ路 (新潮社) 月待ちの恋 春話二十六夜 (新潮社) 梟首の島(上・下) (講談社) 血と聖 (角川書店) 異国の迷路 (JTBパブリッシング) 天唄歌い (朝日新聞社) 傀儡 (集英社) 石垣島 宿泊 [編集] 映画化された作品 死国(1999年、東宝) 狗神(2001年、東宝) 宇野 千代(うの ちよ、1897年11月28日 - 1996年6月10日)は、日本の小説家。日本芸術院会員。 目次 [非表示] 1 略歴 2 著作 3 映像作品 3.1 映画 4 その他 5 外部リンク [編集] 略歴 山口県玖珂郡(現岩国市)出身。 岩国高等女学校(現山口県立岩国高等学校)卒。教員を経て結婚、藤村姓となるが、1921年(大正10年)『時事新報』の懸賞短編小説に『脂粉の顔』が一等で当選し、作家としてデビューする。夫を置いて上京する。多才で知られ、デザイナー、編集者、実業家の顔も持った。尾崎士郎、東郷青児、北原武夫と、多くの有名芸術家との結婚遍歴とその破局は波瀾に富み、生涯を賑わせた。『色ざんげ』は東郷をモデルにしたもの。 作家としては寡作で、戦後十年近く沈黙していた。60年代からまた書き始め、80年代からは、長命と恋愛遍歴をもって女性向け幸福論エッセイを数多く書いた。小説は、十年かけて書かれた『おはん』、『色ざんげ』、『或る一人の女の話』などがある。1970年『幸福』で女流文学賞、1972年、日本芸術院賞受賞、同年芸術院会員。1974年には『雨の音』を発表、1982年菊池寛賞受賞。1983年発表の『生きて行く私』は宇野千代の自伝的小説といわれ、家族や生まれ育った岩国への愛情がうかがえる。1990年、文化功労者。 きものデザイナーとしても活躍し、晩年に到るまで旺盛な活動を続けた女性実業家の先駆者としても知られる。 また岐阜県本巣市(旧本巣郡根尾村)にある樹齢千五百年以上の彼岸桜の古木である「淡墨桜」の保護を訴え活動したことでも知られ、同市のさくら資料館には淡墨桜に関する彼女の作品が展示してある。 1996年、急性肺炎のため入院先の東京都港区の虎の門病院で死去。享年98。 [編集] 著作 幸福 金星堂 1924 白い家と罪 新潮社 1925 晩唱 現代短篇小説選集 文芸日本社 1925 罌粟はなぜ紅い 中央公論社 1930 オペラ館サクラ座 改造社 1934 色ざんげ 中央公論社 1935 新潮文庫など あひびき 新陽社 1936 別れも愉し 第一書房 1936 のち集英社文庫 ひとの男 版画荘 1937 月夜 中央公論社 1938 恋の手紙 中央公論社 1939 女の愛情 鱒書房 1939 ある客間での物語 スタイル社出版部 1941 日露の戦聞書 文体社 1943 人形師天狗屋久吉 文体社 1947 のち集英社文庫 わたしの青春物語 酣灯社 1947 ピイピイ三吉 國民圖書刊行會 1947 私のお化粧人生史 中央公論社 1955 のち文庫 おはん 中央公論社 1957 中公文庫、新潮文庫など きもの読本 長嶋書房 1957 女の日記 講談社 1960 のち文芸文庫 刺す 新潮社 1966 のち集英社文庫 風の音 中央公論社 1969 のち文庫 親しい仲 随筆集 講談社 1970 貞潔 短編小説集 講談社 1970 私の文学的回想記 中央公論社 1972 「思いのままに生きて」集英社文庫 或る一人の女の話 文芸春秋 1972 雨の音 文芸春秋 1974 のち講談社文芸文庫 恋は愉しいか 大和書房 1974 八重山の雪 文芸春秋 1975 薄墨の桜 新潮社 1975 のち集英社文庫 ママの話 中央公論社 1976 往復書簡 中里恒子 文芸春秋 1976 水西書院の娘 中央公論社 1977 のち文庫 宇野千代全集 全12巻 中央公論社 1977-78 或る日記 集英社 1978 大人の絵本 成瀬書房 1978 残ってゐる話 集英社 1980 幸福人生まっしぐら 大和書房 1980 青山二郎の話 中央公論社 1980 のち文庫 悪徳もまた 新潮社 1981 のち文庫 或るとき突然 中央公論社 1981 のち文庫 幸福を知る才能 正続 海竜社 1982-84 のち集英社文庫 自伝的恋愛論 大和書房 1983 高速バス 格安 生きて行く私 毎日新聞社 1983 のち中公文庫、角川文庫 生きて行く私人生相談篇 毎日新聞社 1984 或る男の断面 講談社 1984 幸せのつくり方 小学館 1984 私はいつでも忙しい 中央公論社 1984 のち文庫 私のおとぎ話 中央公論社 1985 高速バス 大阪 私は幸福昔もいまもこれからも 海竜社 1985 私の作ったお惣菜 海竜社 1986 のち集英社文庫 幸福は幸福を呼ぶ 海竜社 1986 のち広済堂文庫、集英社文庫 普段着の「生きて行く私」 毎日新聞社 1986 のち集英社文庫 しあはせな話 中央公論社 1987 のち文庫 倖せを求めて生きる 海竜社 1987 のち集英社文庫 高速バス 京都 行動することが生きることである 海竜社 1988 のち集英社文庫 宇野千代振袖桜 三宅菊子 マガジンハウス, 1989 一ぺんに春風が吹いて来た 中央公論社 1989 のち文庫 私のしあわせ人生 毎日新聞社 1990 のち集英社文庫 恋愛作法 海竜社 1991 のち集英社文庫 高速バス 神戸 生きる幸福老いる幸福 海竜社 1992 のち集英社文庫 私は夢を見るのが上手 中央公論社 1992 のち文庫 私の幸福論 海竜社 1993 のち集英社文庫 幸福に生きる知恵 講談社 1993 のち文庫 私の長生き料理 海竜社 1993 のち集英社文庫 人生学校 海竜社 1994 私の作ったきもの 海竜社 1994 高速バス 東京 私何だか死なないような気がするんですよ 海竜社 1995 のち集英社文庫 幸福人生まっしぐら 大和書房 1996 不思議な事があるものだ 中央公論社 1996 のち文庫 百歳ゆきゆきて 世界文化社 2002 (復刊) 高速バス 関西 脂粉の顔 ゆまに書房 1999 (近代女性作家精選集 10) あひびき ゆまに書房 1999 (近代女性作家精選集 11) 幸福 ゆまに書房 2000 (近代女性作家精選集 31) 新選宇野千代集 ゆまに書房 2000 (近代女性作家精選集 32) [編集] 映像作品 [編集] 映画 1984年 - 「おはん」(監督:市川崑、出演:吉永小百合、石坂浩二、大原麗子ほか) 夜行バス 格安 [編集] その他 岩国市営バス「おはんバス」岩国市のJR西日本各駅に、以下の展示物・記念物がある。 岩国駅西口(正面)側 夜行バス 大阪 錦帯橋上で撮影された本人の、等身大の倍くらいあると思われる写真パネル(1番線ホーム西口改札横) 「幸福は幸福を呼ぶゲート」と名付けられた展示工作物(駅コンコース内;現在は撤去されている) 夜行バス 京都 書斎机を再現した展示ケース(西口駅舎出入口・正面北寄り付近) 「おはんベンチ」と名付けられた、バス待合客用木製ベンチ(駅舎外通路にあるバス停留所) 夜行バス 神戸 西岩国駅 本人を写した写真パネル。こちらは賞状入れ用額縁くらいの大きさ(待合室内) 「宇野千代のふるさと」と記した看板(駅舎出入口の軒、駅名表記板の上) 川西駅 夜行バス 東京 「ようこそ 私のふるさと 川西へ」と書かれた本人の写真入りの看板(駅ホーム) また、岩国市交通局により運行されているギャラリーバスの中に、宇野千代本人および代表作であるおはんを題材として扱った「おはんバス」がある。 夜行バス 関西 なお、岩国市川西に現在でも生家が保存されており、維持管理業務を目的にNPO法人 宇野千代生家が2005年(平成17年)8月3日に設立されている(生家そのものは岩国市が所有)。