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出精値引きについて
工事費の明細に時として使われる項目。普通、工事費を決めるには施主の希望や予算を聞き、工事や仕様に関する話し合いを行う。費目ごとの値引きなども検討し、最終的に双方納得した金額になる。ところが工事の段階で100万円で請けたのに115万円かかったときなどに「出精値引き15万円」という言い方をする。一般的には「頑張って値引きしました」といったニュアンス。これ以上値引きできないなど「抑え」の意味もある。
整体師は、主人公のタイムトラベラー(名前は明かされない)が時間を移動する機械を発明し、西暦80万2701年の世界へ行く物語。人類が二種に分岐した未来の世界では、美しい体つきをしたエロイという人類が、理想郷的な世界で無為に暮らしている。地下にはモーロックというもう一種の不気味な人類がいて、エロイ達を喰って生きている。タイムマシンをモーロック達に持ち去られた主人公は、恋人となったエロイのひとりとともにタイムマシンを探し出し、地下世界から奪い返す。そしてさらに未来へと旅立ち、人類の終焉、生物と地球の終焉を見た後に現代に帰還する。
注目したいのは、ヴェルヌが冒険小説的な科学小説を書いたのに対し、ウェルズはファンタジーをベースにしたSF小説を書いている点である。ヴェルヌは、『海底二万リーグ』などで(当時の)現代世界を描き、ともすれば単なる科学礼賛になりがちであったのに対し、ウェルズは未来世界を描き、ファンタジーの要素を取り入れる事で「現実から外挿される世界を書きながらも現実という束縛を離れる」という現代SFの特徴を最初に取り入れている。しかもユートピアにおけるファンタジーを描きながらも、アンチ・ユートピア的な側面をも描き、文明批判を描いて思想小説的な要素をも取り入れるという離れ業に成功している。ウェルズは、優生学の信奉者だったが、『タイム・マシン』でエロイが有閑階級の、モーロックが労働者階級の成れの果てであるのは、この思想と無関係ではないだろう。また、この小説が、「生物の終焉」を扱っている事も見逃してはならない。世界、地球、人類等の終焉(終末テーマ)は、後にウェルズ自身の『最終戦争の夢』、ネビル・シュートの『渚にて』、アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』等数多くの小説で描かれるテーマであるが、SFの最初期に書かれたこの小説が、すでに生物の終焉を扱っている事は注目に値する。
粗大ごみのもう一つの業績は、SF的ギミック(ガジェット)を数多く「発明」した事にある。たとえばウェルズ以前に書かれた時間小説として知られる、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』では、「妖精の力」で時を越えるのに過ぎなかったが、ウェルズは「タイムマシン」という時を超える道具を主人公に「発明」させる事で時間を越えている。ウェルズの発明はタイムマシン以外にも、蛸型火星人、透明人間、冷凍睡眠装置、最終戦争等、SFの基本的なギミックのほとんどは、かれが考え出したものである。このためウェルズを評して時に「SF作家はウェルズを読まないほうがいい。自分のやろうとしてる事をすでにウェルズがやっている事を知って愕然とするから」といわれる事がある。
ウェルズやヴェルヌに影響を受けた作家として、コナン・ドイルがいる。彼は、シャーロック・ホームズシリーズなどの推理小説以外にも、チャレンジャー教授を主人公とした『失われた世界』(1912年)や『毒ガス帯』(1913年)などのSFも書いた。死去する前年の1929年に発表された海洋SF小説『マラコット深海』は科学的予見に満ちたドイルの傑作である。さらに、ジョージ・グリフィスが大衆向けの作品で商業的に成功し[13]、イギリスやヨーロッパではSFが盛んになっていった。
「ロボット」という言葉は1921年にチェコ・スロバキアの作家カレル・チャペックが書いた戯曲『R.U.R ロッサムの万能ロボット会社』(「R.U.R」はチェコ語なので「エル・ウー・エル」と読む)で初めて使われた(この戯曲に出てくるロボットは、機械人間ではなく人造人間に近い)。この戯曲では、ロボットは人間に代わる労働力として扱われている。
科学が発展の限りを尽くしたが、子供が何故か生まれなくなり人間が減少し、労働力としてロボットが大量に生産される世界が舞台となる。ある時一人の人道主義者の女性が、ロボット達のこの境遇に同情してロボットに心を持たせるよう、ロボット会社R.U.Rに掛け合う。彼女の申し出は、ロボット会社の技術者達が彼女に惚れていたため、即刻叶う事になる。心を持ったロボットらは、自分たちの境遇に憤怒し、反乱を起こして人類を滅ぼしてしまう。この小説は、ただ1人生き残った人類が、男女のロボットが互いに相手をかばい合うのを見て、ロボットたちに「愛」が目覚めたのを知ったところで終わる。解釈はいくつかあるが、非人間的になった人類と人間的なロボットとの対比を用いて、科学批判を行っているという解釈が主流である。
不用品回収と並ぶ人造人間の名称、「アンドロイド」は、ヴィリエ・ド・リラダンの長編小説『未来のイヴ』(1886年)によってはじめて世に出された。この作品では、エワルド卿が、完璧な肢体と美貌を持ちながら内面はどうしようもない俗物であった美女アリシャ・クラリーに恋焦がれながら、その内面に失望して、友人のエジソン博士に相談を持ちかけた。エジソンはアリシャそっくりのアンドロイド、アダリーを作るが、アダリーもまたどうしようもない俗物であった。
両作品とも、急速な科学技術の発展や普及を危惧し、警告するという意図で書かれていると言われる。
ウェルズによって最初の完成を見たSF小説であったが、SFがアメリカに輸入されたところで、再び、未来予測的で科学礼賛的な科学小説の時代になる。このような傾向を持ったSFの頂点に立つのが、1911年にガーンズバックによって書かれた『ラルフ124C41+』だろう。この小説は、文章もプロットも今から見れば単純だが、未来予測という点では画期的であった。本作は近未来の生活を扱ったロマンス小説で、執筆当時にはまだ発明されていなかった未来の道具が100以上も描かれている。例えば、蛍光照明、飛行機による文字広告、テレビ、ラジオ、プラスチック、野球のナイター、立体映像機、ジュークボックス、液体肥料、自動販売機、睡眠学習、電波を利用した電力送信、ガラス繊維、ナイロンなどである。
この頃のアメリカSFのもう一つの潮流としては、エドガー・ライス・バローズの火星シリーズを代表とするヒロイック・ファンタジーの流行がある。バローズは1912年、火星シリーズの第一作『火星の月の下で』(後の『火星のプリンセス』)を書く。
当時の代表的なスペースオペラ作家には、エドモンド・ハミルトン、E・E・スミス、マレイ・ラインスター等がいる。宇宙戦争やロボットなど、現在でもしばしばSF小説やSF映画に登場する数々のモチーフの多くが、この頃までに現れている。
だが、すでに1920〜30年代からSF作家たちは、そのような架空の世界に楽天的な空想をはせるだけではなく、科学技術の急速な進歩とその悪用に対して倫理的な歯止めが必要であるとの認識も示していた。
死んだ人間の首から上だけを人工的に復活させるグロテスクな技術を描くアレクサンドル・ベリャーエフの『ドウエル教授の首』などがそうであり、さらに第二次世界大戦後には、科学技術による全体主義的管理社会を描いた「アンチ・ユートピア(ディストピア)」ものの代表作であるジョージ・オーウェルの『1984年』も書かれた。