日経225先物とは

 けがをした時の痛さや事故に遭遇しかけた怖い体験などは忘れようとしても忘れられないものです。脳科学では人間が何か事を起こす際に過去の経験のテンプレートを判断し行動するという。脳の中にテンプレートがなければ行動の前の類推はできない。学校や企業で無理やり知識を詰め込んで教育しても失敗の防止に何の役にも立ちません。  私は大学の実習実験で致命的にならないような訓練失敗を経験させ、何が間違っていたのか、失敗から何を学ぶかを学生に身を持って体験させてきました。失敗の怖さを擬似経験させることが最も有効な教育です。自動車メーカーがテストコースで雨の中のスリップ事故を体験させるハイドロプレーニング、消防署の地震体験車、服を着たままで泳ぐ着衣水泳…。失敗防止に一番役立つのは怖さを学ぶ体験学習です。  JR東日本が総合研修センター(福島県白河市)内に「事故の歴史展示館」(仮称)の年内開設を計画している。160人が死亡した三河島事故(1962年5月)から最近では営団地下鉄日比谷線事故(2000年3月)まで過去の鉄道事故が展示候補になっており、事故現場の写真などを展示し若手社員らに公開する。  朝日新聞の記事によると「被害が大きかった事故ばかりでなく、日常業務に具体的な教訓として生かせるうっかり事故も含めて、10例程度を予定しており、随時取り換えるという。またどれほど世間の批判を浴びたかを感じとってもらうのも重要として、事故原因に関する資料のほかに当時の新聞記事などもパネルにして掲示する。写真は怖さを十分認識してもらえるよう、記録性よりも迫力を重視して選ぶ。…運転手や車掌,保守担当など約五万人には見てもらいたいとしており、今秋から始まる新人運転士の研修プログラムに観覧を組み込む考えだ」。  すばらしい計画だと思う。記事によればJR東日本は「事故や失敗を隠したり、早く忘れようとしたりする時代ではなくなった」と話しており、若手社員の教育用施設として、苦い経験を生かして未来の安全を築くというJR東日本の姿勢に頭が下がる。  失敗を社会に根付かせるための活動拠点として「失敗博物館」を提唱してきた私からみてJR東日本の事故展示館はその第1号といえるかもしれません。英国の鉄道博物館には100両以上の車両を動態保存していますが、博物館の入り口の一番目立つところに様々な事故の写真が大きく展示されている。JR東日本は単なる展示ではなく、「事故の怖さ」を若手社員に十分認識してもらうという目的が明確であり、失敗情報の伝達と失敗を疑似体験できるという点で「失敗博物館」そのものです。  鹿児島県の種子島宇宙センターを訪ねたときに宇宙飛行士の毛利衛さんにばったり会いました。「宇宙飛行士の訓練はバーチャルトレーニングもありますが、それ以上に実地訓練が必要です。間違ったら死ぬかもしれないという緊張感が効果を高めます」と話が弾んだので、私が失敗博物館のことを説明しました。毛利さんは即座にこう言いました。「博物館というネーミングはよくない。展示だけなら意味がないですね。畑村さんの趣旨に沿うなら失敗体験館と名前を変えてはいかかですか――」。

 続出する企業の事故や不祥事など失敗事例の報道を見て、かねて指摘しきた「先物取引 の落とし穴」を改めて取り上げたい。組織的事故隠しが摘発されたA社はTQC(トータル・クオリティー・コントロール、全社的品質管理)活動の先駆的企業だったはずだ。食品中毒事件を起こしたB社はTQCとともにHACCP(危険度分析による衛生管理)を一早く導入したことで知られていた。日本の製造業の強さは現場のQC(品質管理)活動と、これをさらに全社レベルの経営改革に推し進めたTQC活動にあるといわれてきた。従業員一人一人はマニュアルに従ってひたすら品質保持に努めてきた。ミスが生じる余地がないはずなのに、QC、TQC優等生企業が失敗を起こすのは何故なのか。  QCの基本理念はモノを生産しようと思ったら絶対やらなければならないことばかりである。品質管理や作業効率向上のために徹底したマニュアルが作られ、作業者にマニュアル通りの作業を進めることを求める。QCは生産ラインなど現場で日々繰り返されるルーティンの作業効率を高めることに極めて有効だった。工場などの事故は不注意や誤判断といった個人の失敗行動をきっかけに起こる。組織のリーダーは対策として管理強化に走る。この面でも管理好きの日本企業がQC、TQC導入を好んだのもうなずける。  にもかかわらず事故など失敗が起こる。QC、TQCは想定しない非常事態に無力である。現場の作業者はマニュアルに従っていれば大丈夫だという行動様式にどっぷり染まっているから、突然のトラブルなどマニュアルにない異常事態に出くわすと対応できない。マニュアルによって管理された作業者はマニュアルに書いてあること以外は考えなくなっている。形さえ整えれば良いとする形骸化の問題が導入企業に起きているのだ。  工業技術の国際基準や環境や労働安全などあらゆる分野の規格を定めたISO(国際標準化機構)や「シックス・シグマ・クオリティ」というエラーや欠陥のばらつきを極限まで小さくする経営改革手法も同様だ。QC,TQCなどの管理手法を導入する企業を見ると担当者が管理のための書類作りに汲々として中間管理者はそれに振り回されている。新しいことにチャレンジする意欲もなくしているという。これでは「仏作って魂入れず」ではないか。  形を守るということはどういうことか。柔道、生け花,日本舞踊など日本人は「形」を大事にしてきた。「形」にはすべての知識、経験が蓄積されているからだ。だから柔道などを教えるときには「形から入る」と言う。この場合の「形」は自分一人の動き,個人の行動に合ったものとして学ぶものだ。  FX 初心者 は組織の規範で、個人をそれに従わせるものであり、柔道などの「形」と異なる。高度成長期の追いつけ追い越せで全社一丸になって会社が動いた時代には組織全体をしばる規範は通用した。だが、現在は社員に一定の権限を持たせて自律させ、情報共有によって個が全体を考える自律分散型組織運営が求められる。不測の事態への対応や創造に強みを発揮するからだ。  私はQCの基本理念を評価しているが、マニュアルによる管理に否定的な意見を述べてきた。管理重視の手法は従業員を面従腹背にさせる恐れがあるからだ。失敗学の観点からみると形だけ整えれば良いと言う風潮こそ失敗を起こす危険な種である。

 小柴昌俊東大名誉教授が「天体物理学とくに宇宙ニュートリノ検出への貢献」でノーベル物理学賞を受賞された。同じ大学で教鞭をとったものとして受賞のニュースはとてもうれしかった。受賞の報を聞いたときに、今年3月8日、東大11号館で開催されたニュートリノの観測施設「スーパーカミオカンデ」の事故に関する講演のことを思い出した。小柴さんの愛弟子の戸塚洋二前東大教授(現高エネルギー加速器研究機構教授)が事故の総括と対策を話してくれた。観測の継続をいち早く世界に伝えるなど、「失敗学」の視点からみても素晴らしい対応ぶりに感銘を覚えたからだ。  小柴さんは超新星爆発で生じた謎の素粒子・ニュートリノの質量検出に成功、宇宙の謎を解明するニュートリノ天文学という新しい学問分野を開拓した。小柴さんが心血を注いで完成させたスーパーカミオカンデは岐阜県神岡町の神岡鉱山の地下千メートルにある。巨大な水槽に5万トンの純水をたたえ、内部の壁には11146本の光電子増倍管と呼ばれるセンサーがびっしり付いている。センサーはニュートリノが水と反応した際に生じる微弱な光を捉える。  2001年11月12日、このセンサー数千本が破損する事故が起きた。ひとつのセンサーが壊れたことをきっかけに連鎖的に破損が拡大した。「スーパーカミオカンデの主」戸塚教授はこの事態を全く想定していなかったという。破損の原因は誘爆だった。潜水艦を攻撃するときに周辺に爆雷を落とし、爆雷が水中で破裂した際に起きる水圧移動で巨大な衝撃となる。スーパーカミオカンデの事故はこれと同じ現象で衝撃波が伝播して大きくなっていった。  戸塚教授が事故発生後にまず決めたことは、破損していないセンサーを使い従来通りの観測を続けると世界に向けて発表したことだった。ニュートリノの観測データを待っている日本のみならず世界中の素粒子物理学者にスーパーカミオカンデが求められている使命は「観測の継続」であるからだ。「誰が悪い」「問題は何だ」とあげつらう前に観測を継続することを最優先して対処したリーダーの決断は見事である。研究活動の使命を自覚していることのあらわれだ。研究チームはインターネットで事故の原因究明や破損写真の公開、対策委員会の議事録、配布資料を早く正確に情報発信していった。  小柴教授はノーベル賞受賞後の記者会見で「(産業界などの)もうけにつながらない研究だが、日経225 の血税を使って夢を追わせていただいているのだから、ムダに使うなと日頃から学生に言っている」と語っていた。師の教えが弟子たちに浸透していることがわかる。  大企業の不祥事発覚でみっともない対応をとった経営トップとえらい違いだ。  講演終了後、私は戸塚教授に聞いた。「ご自身がプロジェクトをプロモートしているときに何とも言えない不安を感じなかったですか」。戸塚教授は「不安は感じていたが、それが何だか分かりませんでした。だが事故が起きてみると、こういうことが自分の不安だったとわかった。説明できたら防止策をとっていた」と答えた。考え落としはないか。自分たちが最良と思って実施した対策に不十分な点はないか。巨大プロジェクトの責任者としてこうした失敗の恐ろしさを知っていた人だったからこそ、事故が起きてもうろたえなかったのだ。戸塚教授は何とも言えぬ不安感を心の中に抱きながら、何か事が起きたときに責任をどうとるかの覚悟を決めていた。さらに、トラブル時にこういう風に人を動かそうなどと絶えず頭の中で仮想訓練して対策も考えていたのだ。  工学部の教授が講演の質疑で「実用化技術を考えている工学系の学者からみると、役に立たない研究をすることの意味がわかりません」とイジ悪な質問をした。戸塚教授はスライドの画面いっぱいに映された「愚問」という大きな二文字を指さして笑った。ノーベル賞受賞者の小柴さんと同じ様に弟子もユーモアあふれる研究者だった。

 10月1日、三菱重工業長崎造船所で建造中だった世界最大級の豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」(11万3000トン)が火災事故を起こした。36時間燃え続けたダイヤモンド・プリンセス号の焼け爛れた姿は無残なものだった。長崎造船所は119番通報の遅れ、初期消火の遅れなど安全管理の甘さを糾弾されたが、私はこうした皮相な見方に対し、ちょっと待ってほしいと異議を唱えたい。 一人のけが人も出なかったダイヤモンド・プリンセス号火災事故  まず指摘したいのは約千人もの作業員が全員無事に退避したことだ。多くの作業員が突発事故にもかかわらず迷路のような船内から整然と退避し、しかも一人もけがをしなかったという事実は長崎造船所が日頃から事故を想定、仮想訓練をしていたことの証左ではないか。事故後の連絡網、退避経路の確保、安全確認……日頃の訓練で身につけた初期動作の一つ一つが現場で働く作業員に浸透していたからこそ人的被害がゼロですんだ。全員退避の確認が早かったから、船室の火災に対して放置しておけば鎮火するという冷徹な判断を下すことができた。  今回の火災は現地の消防署や海上保安庁が出動しても鎮火できるものではなかったと思う。船舶の火災を陸上の民家と同じに考えて初期消火の遅れなど長崎造船所の対応を批判する指摘は物事の本質を見ていない。防火訓練など考えられる限りのことを実行してきた現場でも総面積の四割が延焼するするという大被害が起きたという事実こそ直視すべきであり、それ故に何が問題だったかの省察(せいさつ)が求められる。  世界最大の客船を作るというこれまで経験したことのない新しい事業に挑戦する中で、「失敗の悪魔」が姿をあらわしたのだ。結果を起点に逆算して問題点を検証し、「失敗の悪魔」がどのように作用したのかを検証することが重要だ。 30年ごとに「失敗」が繰り返された長崎造船所  幕末期の1857年に設立されたわが国最初の艦船修理工場「徳川幕府 長崎鎔鉄所」が三菱重工長崎造船所の起源である。日本の重工業の祖として輝かしい歴史を刻んできた名門造船所は不思議なことに30年ごとに大きな出来事を経験している。第二次世界大戦中の1942年、当時世界最大の戦艦「武蔵」を建造し、その実力を世界に知らしめた。戦後も世界最大の造船所として「造船ニッポン」の象徴たる存在だったが、数次の造船不況や韓国の台頭により生産の主役を造船からボイラーやタービンなど原動機に比重を移していった矢先の1970年に世界最大の発電用タービン・ローター爆発事故を起こした。そして2002年のダイヤモンド・プリンセス号の火災事故である。私は30年という周期性にある種の感慨をおぼえる。

 「会社の寿命30年」と言われるように企業の寿命,産業や技術の盛衰などは20−30年の周期性を持っているが、失敗学の観点でも30年周期性がある。その説明に最適な例が「巨大橋の設計技術の進歩と崩落事故の関係性」だ。ヘンリー・ペテロスキーの著書「橋はなぜ落ちたのか」(朝日新聞社)に詳しく書かれているが、1907年のカナダ・ケベック橋(片持ち梁構造)、1940年の米・タコマ海峡橋(吊橋構造)、1970年の英ミルフォード港橋(箱型断面桁構造)と,橋の構造が変わる30年ごとに巨大橋の崩落事故が繰り返し起きている。 「もっと大きな…」が技術者の傲慢を生む  「橋を建設するたびに技術者は『次はもっと大きな橋を』と野心を燃やし,社会もそれを期待します。そこに技術者の傲慢が生まれ,設計する上での注意深さが薄れていくために、危険に対する支配要素の入れ替わりに気がつかない」  「人間には『規模が大きい』というだけで、そのもの自体に価値があると考える傾向があります。橋もその例外ではなく,より大きく長い橋ほど世の中の人々は『すばらしい』と感心し、技術者としても巨大橋をつくったというだけで非常に誇らしい気持ちになるものです。ところが,そのうちに技術者の心の中に『大きいことが一番すばらしい』という傲慢が生まれ、過去の失敗を学ぶという謙虚さがなくなります。そしてそれが、橋の崩落という大きな失敗を招くのです。技術者の傲慢の裏には、過去の成功例に関して、『それがなぜ失敗しなかったのか』を考えずに成功方法を踏襲すれば間違いないと考えてしまう、物の考え方について根本的な誤りがあります。つまり、『これまでまっすぐ進んできて成功しているわけだから、今後もこのまままっすぐでいい』と思いこむのです」(畑村洋太郎著「失敗学の法則」文芸春秋社)  時間の経過に伴う失敗確率(可能性)の増大という法則である。設計者や立案者の心に占める慎重さや注意深さの割合は事故の直後は彼らの頭の中に充満しており、絶えず意識されているが、時間がたつに伴いその意識はだんだん薄れていく。注意深さがなくなるにつれ、無関心と傲慢さが増えていく。そうすると失敗の確率が上がり、ある閾値を超え、事故が再発してしまう。技術者は「次ぎはもっと大きな仕事をしたい」と思うものだ。そこに技術者の傲慢が生まれ、反比例して注意深さが薄れ、過去の痛い失敗経験が忘れ去られてしまう。 「失敗の悪魔」がつけいる油断、スキ  三菱重工長崎造船所でも30年前に起きた11トンの鉄塊が1.5キロb先まで吹っ飛んだタービン事故の反省の教訓が薄れてきた隙を突くように、「失敗の悪魔」が忍び寄りダイヤモンド・プリンセス号の火災事故を引き起こしたのではないか。  造船所ではかってはいろんな職場で小さなトラブルが起きたときに、こうした事故をきちんと後始末してきた匠の熟練工が多数黙々と働いていた。その人たちが仕切っているうちは小さなトラブルが大きな事故にならずに済んでいた。造船不況で熟練工たちが辞めたり、定年で会社を去っていった。代わって登場したのがマニュアルによる作業管理手法の徹底だった。  私も大学の研究室で実験中に爆発事故を起こしたことがあるが、本当に腰が抜け何もできなかった。初めて火災を経験した人が何をするかというと、消火器を持ってきて慌てて消そうとする。以下は想像だが、火災現場で消火にあたった作業員の頭に最初に去来したものは消火作業で泡だらけになってしまう船室の高価なイタリア製家具が使い物にならなくなってしまうのではないか、上司に呼ばれて始末書を書かされるのではないかという不安だったのではないか。マニュアル管理手法の負の側面である。管理されてきた集団が自分の頭で判断できなくなったときに、「失敗の悪魔」が付け入るのだ。現時点では火災の原因は不明だが、効率性重視の現場で作業者の頭の中の把握をないがしろにしたことが「失敗」を生んだ一因だ。  生真面目な技術者集団が働くことでかって名をはせた三菱重工長崎造船所で起きた火災事故だけに、この貴重な失敗から学び、そこから得た教訓を発信する義務があると思う。そして、せっかく起こった失敗なのだから、できるだけたくさんのものをしゃぶり尽くそうではないか。